Message for Covit-19
 

​土と銅版 フランスへの私信

経験したことのない大きな試練が世界を覆い尽くし始めたとき

私達は、声をかけあった

一日も早く、元の生活に戻れますように

世界が、日常を取り戻しますように

 

4月に行くはずだった場所に、予定を延ばしたいと連絡を入れたら

その人は明るい声で、こう言った

そうね、それがいいわ

5月の下旬ぐらいがいいんじゃないかしら

6月は梅雨になってしまうから

 

私達は、そんな風に考えていた

そのときは、まだ

少しだけ、ほんのすこしだけ
こうして待ってさえいれば

世界はまた、私達の知っている元の姿に戻るのだと

 

大災害も、戦争も、内紛も

経験をしていなくても、私達は頭のどこかで知っているはずだった

でも、これは

 

これは一体何なのだろう
 

 

地球がまるごと飲み込まれていく苦難の前で

恐怖と悲しみと孤独を抱えて

私たちは呆然と立ちすくんでいる
 

 

 

去年の秋、私はヨーロッパの各地に住む友人たちに

はがきの大きさの銅版を送り

それを土に埋めてほしいと頼んだ

3月か4月ごろ、それを掘り起こして私に送って欲しい。

土の中にはたくさんの有機物が眠っている。そこにはきっとあなたからこぼれ落ちた細胞や汗が混じり、その場所の記憶と気配が封じ込められている

数カ月後、銅版の上にはあなたの気配が写し取られているに違いない、と

 

冬が過ぎ、春が訪れ

静かに変容した銅版たちは、まだ土の中に閉じ込められたままだ

私達は、それを送る手段を、失ってしまった。

いまはもう、それがいつ手元に戻ってくるのかを予測するすべもない

 

 

来年、再来年に思い描いていた未来を思って

悄然とすることを

私達はもう、やめたほうがいいのかもしれないと思う

 

元の生活には、もう戻れない

世界は、私達が考えていた「日常」を取り戻すことは、もうない

 

 

ただ、その先に待っているのは、破滅でも絶望でもなく
 

想定を超えた大きな変容なのだと

 

人生の残り時間に

こんな世界を生きていることの意味を

私はずっと問うていくだろう

 

鉄が打たれ、ねじ曲げられるように

石が砕かれ、混じり合い、粘土となって焼かれていくように

時間をかけて積み上げてきた価値観と

信じて疑わなかった答えが変容していくさまを

 

私達はこれから目にしていくのだ

 

9年前、未曾有の災害に見舞われたとき

私達はこう言い合った。

顔を上げ、前を向こう。

手を取り合って、未来を信じよう、と

 

いま

私は頭を垂れ、ひとり自分の場所に立ち

私達が知っている方法で未来を思い描くことの無意味さを見据えている

政治は腐敗し

私達は手を取り合うことすらできない

 

ならば

 

せめておもしろがろう

この時間を、この時代を

 

そして、生き延びよう

 

土の中に封じ込められた銅版が、世界から戻ってくるまで

その銅版に刻まれた印が私のプレス機を通り抜けるときまで

 

その時まで、そしてその先まで

 

生き延びよう

こころのうちを愛で満たして

 

再び誰かの温かい手が、私の頬を撫でるまで

世界が新しい光に包まれるまで

 

​ももせいづみ

 

2020.4 Claireの詩への”返歌”として
ロックダウンしたフランスへの手紙

 

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